Okinawa 沖縄 #2 Day 126 (19/08/21) 旧喜屋武 (1) Fukudi Hamlet 福地集落
旧喜屋武村 福地集落 (ふくぢ、ふくじ)
[8月28日更新: 中の井泉 (ナカンカー) 訪問]
- 琉球ガラス村
- 村屋 (ムラヤー) 跡、福地公民館
- 中村渠屋 (ナカンダカリヤー) ❶
- マチャ殿 (ドゥン) ❷
- 東江殿 (アガリードゥン) ❸
- アガンジョーヤー ❼
- 仲道 (ナカミチ) の神屋 ❾
- 前の毛 (メーンモー) 3⃣
- 並里 (ナンザトゥ) の神屋 ➓
- 仲間 (ナカマ) の神屋 ⓫
- 拝所
- 福地馬場 (フクジンマ1⃣
- 鬢頭廬 (ビージル) ❺
- 砂糖場 (サーターヤー) 跡
- はいちやう節の碑
- 芋ウマチー (ンムマチー) の拝所 ⓬
- 前の井泉 (メーンカー) ④
- 北の殿内 (ニシントゥンチ) ❹
- 前の殿内 (メーントゥンチ) ❻
- 酒屋 (サカイ) の神屋 ❽
- 殿内門 (トゥンチジョー) 2⃣
- ウフンティンチジ ⓭
- 東の井泉 (アガリンカー) ①
- 中の井泉 (ナカンカー) ② [8月28日 訪問]
- トーンハラ井泉 (ガー) ③ [未訪問]
糸満市の集落はこれまでに旧真壁村、旧高嶺村、旧兼城村、旧糸満町を巡ったのだが、残っていた旧喜屋武村と旧摩文仁村は資料がなく、なんとかインターネットで情報を探してからと思っていた。前回で南城市の旧玉城村を終え、次はどの集落を巡るか考えていたのだが、図書館が新型コロナ感染防止のための緊急事態宣言下で、その解除までは閉鎖中で、下調べができていない。たまたま、糸満市のサイトを見ていると、旧喜屋武村の集落ガイドマップが、今年5月に発行されているのを見つけた。旧喜屋武村に関しての資料はこれで十分で、これ以外には見当たらないので、これをベースに旧喜屋武村の集落を巡ることにした。ただ、何か事情があるのか、文化財の写真が少なく、文化財探しには少してこずるかも知れない。今日は旧喜屋武村に存在していた5つの集落のうち福地集落をめぐる。
旧喜屋武村 福地集落 (ふくぢ、ふくじ)
旧喜屋武村は、琉球王統時代は喜屋武間切で、古くは「きやめ、ちゃん」と呼ばれ、農業中心の村だった。1896年の郡区制で島尻郡に編入した後、1908年4月1日に島嶼町村制で摩文仁村となった。沖縄戦では激戦地となり、村民だけでも犠牲者数は村人口の約半数の約1200人近くにもなった。人口が半減し、個々の村では復興が難しいことから、1946年に隣接する真壁村 (真壁間切) と摩文仁村 (摩文仁間切) と合併し、三和村 (みわそん) となり喜屋武村は消滅し、旧村役場は三和村喜屋武支所となった。1961年には旧糸満町 (現在の糸満市字糸満)、兼城村、高嶺村と合併し、糸満町 (1971年に糸満市となる) の一部となり喜屋武村は消滅した。
福地は全域が市街化調整区域で住宅建設には制限が多いことから、開発がされず、このため人口も180名程度の小さな地域で、糸満市の中でも下から6番目に人口の少ない地域だ。旧喜屋武村の山城村、束里も同じように人口の少ない地域となっている。福地の人口は一時期250人になったが (2004年)、それ以降、人口減少が続き、現在では179人まで減り、1986年以前の状態に戻り、戦前の人口には及ばない。1986年の前の国勢調査の人口データ、特に明治、大正時代の人口が気になるが、図書館が閉鎖中でデータ調べができない。再開された後、調べた後、グラフを更新する予定。
市街化調整区域ということから、民家は元々集落があった地域から拡大しておらず、集落の外側にある建物は住宅ではなく、倉庫や施設となっている。
集落ガイドマップに福地集落で行われている祭祀が載っていた。それぞれの祭祀でどの拝所を御願するかの情報は掲載されておらず残念。福地集落では以前と比べ祭祀の数は半分になっている。
集落ガイドマップに掲載されていた1945年時点での集落マップがあり文化財の場所が記されている。実際に集落の隅々まで歩いたが、当時の道筋は現在では少し変わっている。当時民家だった所も畑や空き地となっている。沖縄戦での被害の影響だろうか?
福地集落訪問ログ
琉球ガラス村
村屋 (ムラヤー) 跡、福地公民館
中村渠屋 (ナカンダカリヤー) ❶
マチャ殿 (ドゥン) ❷
東江殿 (アガリードゥン) ❸
アガンジョーヤー ❼
仲道 (ナカミチ) の神屋 ❾
前の毛 (メーンモー) 3⃣
並里 (ナンザトゥ) の神屋 ➓
仲間 (ナカマ) の神屋 ⓫
拝所
福地馬場 (フクジンマ) 1⃣
鬢頭廬 (ビージル) ❺
砂糖場 (サーターヤー) 跡
はいちやう節の碑
- 真福地のはいちゃうや 嘉例のものさらめ いきめぐりめぐり 元につきやさ (まふくじぬふぇーちょーや かりなむぬさらみ 'いちみぐいみぐい むとぅにちちゃさ) [真福地の早盃は 縁起のよいものであろうぞ 行きめぐりめぐって元に着いたよ]
- くりかへち結ぶ御縁まちめしやうれ そめてあるかなの あだになゆめ (くりかいちむしぶぐいんまちみそーり すみてぃ'あるかなぬ 'あだになゆみ) [繰り返し結ぶご縁(を)お待ちください(心)染めてある愛する人のあだになるでしょうか]
- 染めてあるかなの あだなゆめやすが もしかながらへてくたはきやしゆが (すみてぃ'あるかなぬ 'あだなゆみやしが むしかながらいてぃ くたわ ちゃすが) [染めてある愛する人のあだにならないだろうが もしか長らえて 朽ちたらどうするか]
芋ウマチー (ンムウマチー) の拝所 ⓬
前の井泉 (メーンカー) ④
北の殿内 (ニシントゥンチ) ❹
前の殿内 (メーントゥンチ) ❻
酒屋 (サカイ) の神屋 ❽
殿内門 (トゥンチジョー) 2⃣
ウフンティンチジ ⓭
東の井泉 (アガリンカー) ①
中の井泉 (ナカンカー) ② [8/28訪問]
8月28日に束辺名集落を訪問する際に、ここを通ったので、もう一度探す。草むらの中で少し草が少ないところがあり、井戸への道ではないかと、中に入ると、やはり井戸があった。草で覆われて、井戸の全容ははっきりとはしないのだが、井戸は石積で囲われているようで、所々石積みが見える。
トーンハラ井泉 (ガー) ③ [未訪問]
参考文献
- 糸満市の歴史と民俗を歩く 旧喜屋武村集落ガイドマップ (2021 糸満市教育委員会)
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